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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和35年(ナ)1号 判決

原告 道下豊一 外一名

被告 石川県選挙管理委員会

補助参加人 久保孫一 外一名

主文

昭和三十五年九月十日、被告が同年二月二十一日執行の石川県鳳至郡能都町議会議員一般選挙の異議申立の決定に対する訴願につきなした裁決はこれを取消す。

訴訟費用中原告等と被告との間に生じた分は被告の、補助参加によつて生じた分は補助参加人等の各負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

原告等訴訟代理人は主文第一項同旨並びに訴訟費用は被告の負担とする、との判決を求め、被告訴訟代理人は「原告等の請求を棄却する、訴訟費用は原告等の負担とする」との判決を求めた。

二、当事者双方の主張

一、原告等訴訟代理人は請求の原因並びに被告の答弁及び主張に対し次のとおり述べた。

(一)  昭和三十五年二月二十一日石川県鳳至郡能都町議会議員一般選挙(以下単に本件選挙という)が執行されたが、右選挙に関し補助参加人往岸良雄外二名は同年二月二十九日「本件選挙並びに当選人の当選は無効である」旨の異議申立を訴外能都町選挙管理委員会(以下単に「町選管」という)になし、次いで補助参加人久保孫一も同年三月三日「本件選挙は無効である」旨の異議申立を町選管になした。そしてこれに対し町選管は同年四月五日いずれも「異議申立を棄却する」旨の決定をなしたところ、右決定の取消を求めるため補助参加人久保孫一は同年四月二十日、又同往岸良雄は同月二十八日被告に対し各訴願を提起し、同年九月十日被告は右訴願を容れ「町選管の決定を取消し、本件選挙を無効とする」旨の裁決をなし、同月十二日その告示をした。

(二)  而して被告が本件選挙を無効とした右裁決理由の要旨は、本件選挙に使用された補充選挙人名簿は無効であるというに帰するところ、右補充選挙人名簿は次に述べるように有効であるから、右裁決は取消を免れない。すなわち

(1) 町選管の委員会は昭和三十五年二月三日右名簿の調製等に関する期日及び期間を次のとおり定め、同月十四日その旨告示した。

調製現在期日 昭和三十五年二月十五日

登録申請期間 同年二月十五日から二月十六日まで

調製期限   同年二月十七日

縦覧期間   同年二月十八日

異議決定期限 同年二月十九日

確定期日   同年二月二十日

(2) そして右に従い右二月十五日と十六日に登録申請があつたので、二月十七日の調製期限にはまず町選管の書記が右登録申請書に基いて補充選挙人名簿を作成し、町選管の委員長は当該申請書を点検すると共に右作成された補充選挙人名簿を詳細に査閲しその誤りなき旨をたしかめて調製を終え、翌二月十八日の縦覧期間に所定の場所において縦覧に供したところ、約三十名の縦覧者があつたが一名の異議申立人もなく、二月十九日の異議決定期限及び同月二十日の確定期日にはそれぞれ町選管は委員会を開いて一名の異議申立人もないこと及び前記補充選挙人名簿登載者中吉田久夫及び新海次義の二名を除きその他は全部「昭和三十五年二月十五日現在において、その日まで引続き三ケ月以来石川県鳳至郡能都町の区域内に住所を有する者である」旨をたしかめて確定を終つたものである。

(3) 右のように二月十七日の調製期限には委員会を開催しなかつたが、町選管の委員長は他の委員全員の委嘱に基づき町委員会に代つて登録申請書及び書記が町選管に依頼されて作成した補充選挙人名簿を厳密に査閲し記載洩れや誤記或は要件を欠くものの申請がないかを十分に調査検討してその誤りのないことをよくたしかめたものである。また二月二十日の確定期日には町選管の委員等は全部訴外鉄道建設興業株式会社に赴き労務者名簿及び賃金台帳を詳細に調査し、その結果前記吉田久夫及び新海次義の二名を除き、その他はすべて選挙権の要件を具備した正当な選挙人であることを十分に確認して補充選挙人名簿の確定を終つたものである。

(4) これに比し過去において違法無効と判断された事案を見るに、それは登録申請期間経過後の登録申請を受理し且つ調製及び確定の手続をすべて書記に一任し町選管はただの一度も委員会を開催しなかつた重大瑕疵に基くものである。

およそ、公職選挙法が第二十六条第二十七条において補充選挙人名簿の調製及び確定等の手続に関し規定している所以のものは、要するに選挙の自由と公正を確保するにあることはいうまでもないが、本件選挙における町選管の前記補充選挙人名簿の調製及び確定等の手続に関しては前記事案のような選挙の理念に反し、その自由と公正を害する瑕疵は実質的に何もないのである。

(5) 右の次第で本件選挙における補充選挙人名簿は有効であり、これを無効とし、延いて本件選挙を無効となした本裁決は余りにも形式的で違法である。

(6) また本件補充選挙人名簿登載者のなした投票は有効である。すなわち公職選挙法第四十二条第一項但書によれば「選挙人名簿に登録されていない者でも選挙人名簿に登録されるべき旨の決定書を所持している者は選挙当日投票所に赴いて投票することができ、且つその投票は有効」なのである。そして右規定の趣旨は要するに選挙権を有している者は一人でも多く投票をなさしめ、ただ選挙人名簿に登載されていない者であるからこれに代るものとして真実選挙権を有する旨の公証書面たる決定書を所持せしめることとしたものであるところ、今本件選挙における前記補充選挙人名簿を見るに前述のとおり町選管は再度に亘り委員会を開いて選挙権の要件に関し十分に調査しその誤りなきをたしかめて確定を終つたもので、この確定により前記補充選挙人名簿に登載された者は結局真実選挙権を有する旨の決定を受けた者と同視すべく、いずれも町選管の決定により選挙権の存在を公証されたことにおいて彼此全く何等の差異もないものといわなければならない。この故に本件補充選挙人名簿に登載され、而して町選管の決定により真実選挙権を有する者と判断された右登載者の投票は有効であり、これを無効とした本裁決は違法である。

(三)  よつて被告のなした本裁決の取消を求める。

(四)  なお被告主張の(三)の(1)の事実は認める。

二、被告訴訟代理人は答弁及び主張として次のとおり述べた。

(一)  原告等主張の(一)の事実は認める。同(二)の事実のうち(1)の事実及び二月十五日と十六日に補充選挙人名簿の登録申請があつたこと、同月十九日と二十日にそれぞれ町選管が委員会を開催したこと、吉田久夫及び新海次義の両名が住所要件を欠くため誤載者として符箋整理(公職選挙法施行令第十八条第二項)されたこと、二月十七日の調製期限には委員会を開催しなかつたこと、同月二十日の確定期日に町選管の委員等が鉄道建設興業株式会社に赴き、労務者名簿及び賃金台帳により調査したことは認めるが、その余の事実については後記被告の主張に反する部分は全部争う。

(二)  なお同(二)の(4)及び(6)の主張について、

選挙法の理念が選挙の自由と公正確保にあることは原告等主張のとおりであるが、原告等主張の事案の場合も本件の場合も最も重要な調製決定を欠く点において同一であり無効たるを免れない。すなわち最も重要な選挙権の有無についての認定を町選管がなさず書記の認定に委ねたところは同一であり、従つて該名簿の無効を来たす点は軌を一にしている。また公職選挙法第四十二条第一項但書にいう決定書は同法第二十三条、第二十六条、第二十七条、第二十九条、第四十二条等の規定により所定の名簿調製手続がなされその手続上において異議申立がなされた場合に交付されることのある決定書のことで、本件では決定書の交付を受けたものは勿論、異議申立人もなかつたというのであるから、本件に関する限り関係はない。また本件補充選挙人名簿の調製については選挙権の有無につき十分に調査したと称し従つて前述の決定書の交付を受けた者と同視すべきものとするが、該名簿が既に無効である以上その名簿に記載された選挙人の投票の有効を論ずることは全く誤りである。

(三)  被告が本件選挙を無効とした根拠は次のとおりである。

(1) 本件選挙の執行全般について、

本件選挙は任期満了による一般選挙で昭和三十五年二月十四日に選挙期日の告示をなし同月二十一日に投票が行われた。そして本件選挙に使用された選挙人名簿の登録者数及びその投票者数は別表(一)記載のとおりであつて、本件選挙における候補者数は定数二十四名に対し二十八名であり各候補者の当落の別及びその得票数は別表(二)記載のとおりである。

(2) 本件補充選挙人名簿の調製及び縦覧の処理状況について、

(イ) 本件補充選挙人名簿は町選管が法定の調製期限までに委員会を開催し名簿登載者を決定してこれを調製したものでなく、調製期限までに調製したという名簿は町選管の書記が慣例によつて単独で作成したものである。すなわち町選管の事務局は補充選挙人名簿登録申請書に基づいて調製期限の二月十七日に公職選挙法施行規則所定の様式により申請者全員を登載した名簿を作成しているが、同日中にこれを町選管の委員会に付議して正式に決定している事実はない。町選管が補充選挙人名簿の調製について審議したのは本件補充選挙人名簿確定の前日に当る二月十九日であり、この日始めて書記の作成した名簿を付議してこれを調製する旨の決定を行つている。

(ロ) 次に町選管が調製の決定をした後にその名簿を縦覧に供している事実はなく、ただ書記の作成した名簿が二月十八日に町役場総務課において事実上縦覧されているだけである。

(3) 本件補充選挙人名簿の効力について、

(イ) 補充選挙人名簿の調製及び縦覧手続に関し規定した公職選挙法第二十六条第二十七条の条項はいずれも選挙の管理に関する基本規定として厳格に実施されなければならないのである。そしてまた補充選挙人名簿の調製、縦覧、異議の決定及び確定に関する期日及び期間並びに申請の期間及び方法等については、当該選挙に関する事務を管理する選挙管理委員会が定め、予め告示しなければならない(公職選挙法第二十七条第三項)ものとして、その調製から確定に至るまでの手続につき厳格な規定を設けて万全を期しているのである。これは、いうまでもなく選挙人名簿は、選挙権を有する者であることを公証する公簿であつて、それにより選挙資格を創設するものではないが、現実には選挙権があつても選挙人名簿に登録されていない者はその資格が公証されないから原則として投票できない結果となる(公職選挙法第四十二条第一項)のであり、従つて補充選挙人名簿は基本選挙人名簿と共に選挙について最も基礎的なものであり、かつ重要な機能を果しているものであるからその調製及び縦覧等につき厳重な規定が置かれているのである。それは要するに選挙の公正を確保しようとする法の趣旨にほかならないからこれ等の規定はそのいずれをも無視することは許されない。殊に公職選挙法第二十六条第一項において「市町村の選挙管理委員会は……補充選挙人名簿を調製しなければならない」というのは、名簿の事実上の作成は書記がこれに当つても、選挙権の有無についての最終的判断を含む調製の決定は委員会の審議を経ることを絶体的要件とするものと解すべきであり、またその決定は法定の調製期限までになされなければならないことは、調製の後行行為として縦覧手続を定めている同法第二十七条第一項の規定からみても当然の事理である。

(ロ) されば前述の如き事実のある本件においては、本件補充選挙人名簿は法定の調製期限までに権限ある町選管により調製されなかつたのであるからこれのみを以てしても本件名簿は無効であり、適法な縦覧に供せられるべき名簿は有効に調製されていなかつたものといわなければならない。従つて前述のような調製期限経過後になされた調製決定は無効である。また仮にその調製決定を有効としても、それは法定の縦覧期間を経過した後になされたものであるから、結局町選管の調製になる名簿は成規に縦覧に供せられなかつたこととなるのである。

(ハ) およそ、選挙人名簿について調製決定を要するものとした理由は登録申請が本人の意思に基づくものかどうか、書式が適法なりや否や、適法の期限内の申請であるかどうか、就中記載されている選挙人に実質上の選挙権があるか等の重要な点につき委員会自らが実質的に審理をする義務を課したものと解すべきであり、縦覧の制度を定めた理由はこれにより選挙人に異議の申立の機会を与えて、登録洩れや、選挙権のない者の登録その他記載事項の間違い等を予防し又は是正して選挙人名簿の正確を期そうとする趣旨にほかならない。従つて選挙人名簿につき調製決定をなすこと及び縦覧に供することは名簿の有効要件であるから、本件の如く成規の調製決定縦覧手続を経ていない補充選挙人名簿は当然無効である。

(4) 本件補充選挙人名簿の内容について、

以上要するに、本件補充選挙人名簿はその調製から確定までの手続において、重大かつ明白な規定違反があり、到底有効な名簿とは認められないのであるが、一方その内容についてみても選挙権の有無について疑わしい者が相当数登載されており、結局全体としてずさんなものであること明らかである。すなわち当時は鉄道建設工事関係の労務者等が他府県から多数転入していて、本件補充選挙人名簿にも集団的に多数申請がなされているという特殊事情があり、またこれらの事情を反映してか、本件補充選挙人名簿の全体の申請件数も事務局の当初の見込みの約二倍になつているという異常の事態であつたにかかわらず、そのような異常の事態に対して要求される町選管の当然の注意義務を怠つて書記に一任していたために、選挙権の有無についての調査の取扱いに粗洩な点があり、その結果として選挙権の有無について疑わしい者が相当数登載されているという事情がみられるのである。従つて若し町選管がその定められた期限までに委員会を開催し、右の如き登録申請の実情をみて選挙権の有無についての最終的判断を含む調製の決定を審議していたならば適切な調査の方法も討議されたであろうし、また、その結果として右の如き内容の欠陥をも殆んど防止し得たであろうことが容易に推知できるのである。

(5) 以上述べたとおりであつて、本件補充選挙人名簿は無効であるからこれに基づいて行われた本件選挙は結局公職選挙法第二百五条第一項にいう選挙の規定に違反するものといわなければならない。

次に本件の如き無効な選挙人名簿によつて行なつた選挙の効力についてはその無効な名簿によつて投票した者の数が最高位当選者と次点者との得票差より多いときはその選挙は無効と解すべきであり、これを本件についてみると、本件選挙における立候補者数及び当選人、落選人の各得票数は別表(二)記載のとおりで最高位当選者が五五二票、最下位当選者が三一一票、次点者(最高位の落選者)が二九五票である。そしてこの無効な補充選挙人名簿による投票数は別表(一)記載のとおり三四〇票であるから、最高位当選者の得票数と次点者のそれとが二五七票の差に過ぎない本件においては、前述の補充選挙人名簿が適法に調製されかつ縦覧に供せられて確定していたとすれば、本件選挙の結果と違つた結果になつたかも知れないし、最高位当選者も必ずしも当選していたものとは断定できないから、前述の選挙の規定の違反は公職選挙法第二百五条第一項にいう「選挙の結果に異動を及ぼす虞がある場合」に該当するものといわざるを得ない。

(6) 叙上の理由により本件選挙は無効とせられるべきであるから、これを無効とした本裁決は正当で原告等の本訴請求は失当である。

三、補助参加人等は本件訴訟の基本たる裁決の訴願人で本件訴訟の結果につき利害関係を有するから被告を補助するため本件訴訟に参加すると述べた。

第三、証拠方法〈省略〉

理由

一、昭和三十五年二月二十一日石川県鳳至郡能都町議会議員の一般選挙が執行されたこと、右選挙の効力に関し補助参加人往岸良雄外二名は同年二月二十九日、また同久保孫一は同年三月三日それぞれ能都町選挙管理委員会(以下「町選管」という)に異議申立をなし、同年四月五日町選管のなした異議棄却の決定に対しさらに補助参加人久保孫一は同年四月二十日、また同往岸良雄は同月二十八日それぞれ被告に対し訴願したところ、被告が同年九月十日右訴願を容れ「町選管の決定を取消し、本件選挙を無効とする」旨の裁決をなし同月十二日その旨告示したことは当事者間に争がない。そして原告等がいずれも本件選挙の選挙人であり、がつ原告道下豊一はこれに立候補し当選と決定された者であること及び被告のなした右裁決理由の要旨が本件選挙に使用された補充選挙人名簿は公職選挙法第二十六条、第二十七条に違反し無効であり、これによつてなされた本件選挙は「選挙の結果に異動を及ぼす虞がある場合」に当るというにあることは本件口頭弁論の全趣旨に徴し明らかである。

二、そこで、まず本件補充選挙人名簿が公職選挙法第二十六条、第二十七条に違反し無効であるかどうかの点につき考えて見る。

(一)  町選管の委員会が昭和三十五年二月三日右名簿の調製等に関し、調製現在期日同年二月十五日、登録申請期間同年二月十五日から二月十六日まで、調製期限同年二月十七日縦覧期間同年二月十八日、異議決定期限同年二月十九日、確定期日同年二月二十日と定めて同月十四日その旨告示したこと、右二月十五日と十六日の登録申請期日に右名簿の登録申請があり、その登録者数が四百名であつたこと、そして右調製期限である二月十七日には町選管は委員会を開催しなかつたことはいずれも当事者間に争がない。

(二)  而して成立に争のない甲第一、第二号証の各一ないし三同第三号証の一、二同第四号証、乙第七ないし第九号証、証人橋本浩次同山本忠夫同道下松雄同佐野三吉の各証言に前記争のない事実を総合すれば、本件補充選挙人名簿の調製から確定に至るまでの事務処理の状況は次のとおりであつたことが認められる。

(イ)  町選管は本件選挙の執行について、まず昭和三十五年一月十四日第一回委員会を開催し選挙事務日程を定め、右日程に従い同年二月三日第二回委員会を開催し補充選挙人名簿の調製、縦覧、異議の決定及び確定に関する期日及び期間並びに申請の期間等について前記のとおり定めて同月十四日これを告示した。

(ロ)  そして右二月十五日と同月十六日の登録申請期日には町選管の書記佐野三吉(同人は能都町役場総務課戸籍係主任で町選管の書記を兼務)が同総務課戸籍係の窓口で同係吉村菊男外一名を指揮して補充選挙人名簿登録申請書を受付けたのであるが、右の受付けをするについては同役場備付の住民登録票原簿や転入届と照し合せ住民登録票のないものは同時に転入届をさせ、いずれも午後五時で締切つたこと、そして翌二月十七日の朝から町選管の書記長道下松雄が中心となり同人の指示のもとに書記全員で右受付けた補充選挙人名簿登録申請書に基づき各投票区毎に区別してこれを名簿に登録し、記載洩れや誤記等がないかをたしかめて同日午後七時頃公職選挙法施行規則第一条所定の様式に則つた補充選挙人名簿を作成し事実上の調製を終つたこと。

(ハ)  ところが、町選管委員長橋本浩次その他の委員及び道下書記長等はいずれも補充選挙人名簿の調製と作成とを混同同一視し、確定期日までに委員会を開いて名簿を審議決定すればよいと考えていたため、名簿の調製期限である二月十七日には委員会を開かず、翌二月十八日の縦覧期日には右書記が作成し事実上調製した補充選挙人名簿を所定の総務課戸籍係の窓口に備えて縦覧に供したところ、約三十名の縦覧者があつたが異議申立をする者は一人もなかつたこと、そして翌二月十九日第三回委員会を開催(この委員会には橋本委員長所用のため欠席)し、同委員会に書記が作成し事実上調製した右補充選挙人名簿を原案として「補充選挙人名簿調製の件」を上程付議し審議の結果同日原案どおり可決決定したものであること。

(ニ)  ところが、翌二月二十日になつて外部の者から補充選挙人名簿申請書の内容が事実と相違するものが相当多数あるのではないかの申入れがあつたため、橋本委員長は同日午後一時頃臨時に第四回委員会を招集開催し右の件につき審議した結果登録申請書の内容について再調査することになり、直ちに右橋本委員長及び委員山本忠夫同坂口庄作補充員坂井勉並びに道下書記長の五名が能都町真脇所在の訴外鉄道建設興業株式会社に赴き同会社に就労している者で補充選挙人名簿登録申請書を提出した者につき右登録申請書記載の各項目と同会社備付の労務者名簿及び賃金台帳とを照し合せて調査した結果、吉田久夫及び新海次義の二名がいずれも住所要件を欠いていることが判明したので、再開後の委員会において橋本委員長の提案で審議の上右二名は選挙人名簿に登録される資格のない者と決定し、公職選挙法第十八条第二項の規定により選挙人名簿の誤載者として符箋整理したこと、そして更に隣接市町村に本籍を有する者で登録申請をした者について隣接市町村に電話照会して調査した結果、結局前記二名を除いた他の者はすべて選挙権の要件を具備した選挙人であることを確認して確定を終つたものであること。

以上の事実(以上の事実のうち二月十九日と二十日に町選管が委員会を開催したこと、二月二十日の確定期日に橋本委員長等委員が訴外鉄道建設興業株式会社に赴き労務者名簿及び賃金台帳により調査したこと、吉田久夫及び新海次義の二名が住所要件を欠くため名簿誤載者として符箋整理されたことは当事者間に争がない。)を認めることができ、以上の認定を動かすに足る証拠はない。なお原告等は二月十七日の調製期限には町選管の委員長が他の委員の委嘱に基づき町委員会に代つて登録申請書及び書記が作成した補充選挙人名簿を詳細に査閲し、記載洩れや誤記或は要件を欠くものの申請がないかを十分に調査検討し、その誤りのないことをたしかめた旨主張するが、右主張事実を認めるに足る証拠はない。

(三)  そうすれば以上の事実からすると、本件補充選挙人名簿は町選管が告示で定めた二月十七日の調製期限までに委員会を開催し名簿登録者を審議決定してこれを調製したものではなく、また二月十八日の縦覧期日に縦覧に供した名簿は町選管の書記が作成し事実上調製した名簿であつて正式に委員会において調製決定された名簿ではないのであるから、本件補充選挙人名簿は被告の主張するようにその調製期限に調製されず、またその縦覧期日に正式に縦覧に供されなかつた点において公職選挙法第二十六条、第二十七条の各規定に違反するものといわなければならない。

(四)  然しながら本件の場合は、補充選挙人名簿の調製について町選管が書記にすべてを一任し全然委員会を開かず、従つて審議決定もしなかつたわけではなく、前示のとおり告示で定めた二月十七日の調製期限より遅れたとは云え、確定期日の前日である二月十九日に委員会を開催して補充選挙人名簿の調製につき審議決定しているのであつて、右遅れた理由は町選管の委員等が補充選挙人名簿の調製と作成とを混同同一視し確定期日までに委員会を開いて審議決定すればよいと考えていたからで、全くの法規の誤解に基づくものであるし、また縦覧についても右二月十九日の委員会において、書記が作成し事実上調製した補充選挙人名簿を原案どおり審議決定しているのであるから、縦覧期日である二月十八日に右事実上調製した補充選挙人名簿を縦覧に供したことによつて実質的には正式の補充選挙人名簿を縦覧に供したと同じ効果を挙げているのである。結局本件補充選挙人名簿に関する違法の内容は町選管の委員等の法規の誤解から告示で定められた調製期限までに委員会を開いて正式に調製決定をしなかつたという一点に帰し、しかもこれがため本件選挙の自由と公正が害されたという事実は何も見出し難いのである。なるほど被告の主張するとおり補充選挙人名簿は基本選挙人名簿と共に選挙について最も基礎的なもので重要な機能を果しているものであるから、この補充選挙人名簿の調製の調製及び縦覧等の手続について定めた公職選挙法第二十六条第二十七条の規定は忠実に実施されることが望ましいことではあるが、それは要するに選挙の自由と公正を確保する法意に外ならないから、たとえ遅れたとは云え、名簿の確定期日までに合式的にも調製を完成し、しかもこれがため何等選挙の自由と公正が害された事実の認められない本件においては、被告見解の如く前示違法の点をとらえて直ちに本件補充選挙人名簿を無効と断ずることはできないと考えるる。

三、よつて次に前示違法が本件選挙の結果に異動を及ぼす虞があるかどうかの点について考えて見る。

(一)  本件選挙に使用された選挙人名簿の登録者数及びその投票者数が別表(一)記載のとおりであり、本件における候補者数は定数二十四名に対し二十八名であつて、各候補者の当落の別及びその得票数は別表(二)記載のとおりであることは当事者間に争がない。

(二)  ところで、公職選挙法第二百五条第一項にいう「選挙の結果に異動を及ぼす虞がある場合」とは、選挙の規定の違反が若しなかつたならば選挙の結果すなわち候補者の当落に現実に生じたところと或は異つた結果が生じたたかも知れぬと思量せられる場合をいうと解すべきところ、本件の場合は前示のとおり町選管が告示で定めた二月十七日の調製期限より遅れたとは云え、確定期日の前日である二月十九日に委員会を開いて本件補充選挙人名簿の調製につき審議決定し、更に同月二十日の確定期日にも委員会を開いて再調査した結果二名を除いて他の名簿登録者は全部選挙権の要件を具備した選挙人であることを確認して確定を終え、また名簿の縦覧についても二月十八日の縦覧期日に書記が作成し事実上調製した補充選挙人名簿を縦覧に供したことによつて実質的には正式の補充選挙人名簿を縦覧に供したのと同じ効果を挙げているのであるから、仮に本件補充選挙人名簿の調製及び縦覧の手続につき違反がなく、二月十七日の調製期限までに町選管が委員会を開いて本件補充選挙人名簿の調製につき審議決定し、これを同月十八日の縦覧期日に縦覧に供していたとしても、本件選挙の結果において現実に生じたところと異つた結果が生じたかも知れぬと思量される虞のないことが十分に推察されるのである。

(三)  被告は本件選挙執行当時奥能都鉄道建設工事関係の労務者等が多数他府県から転入していて本件補充選挙人名簿登録の申請についても集団的に多数の申請がなされたという特殊事情があつたから、若し町選管がその定められた期限までに委員会を開催し右の如き特殊事情による登録申請の実情をみて名簿の調製を審議決定していたならば、或は選挙権の有無につき適切な調査方法も討議されたであろうし、また異つた選挙の結果が生じたかも知れぬ旨主張し、成立に争のない乙第六号証と証人田頭孝三の証言によれば、本件補充選挙人名簿登録者四百名のうち百三十名は右鉄道建設工事関係の労務者及びその家族であつて、更にそのうち八十名は昭和三十五年七月二十三日被告委員会が本件の訴願につき現地調査した際既に他に転出していたことが認められるけれども、右鉄道建設工事関係の労務者等につき本件補充選挙人名簿調製の期日において選挙資格がなかつたと認むべき証拠はないし、また前述のとおり町選管は二月十九日と同月二十日の両日に亘り委員会を開き調査しているのであつて、本件の場合のように僅か一日の調製期間では仮に二月十七日に委員会を開いてもその調査の程度は右二月十九日と二十日の調査以上の調査は期待できないであらう。従つて被告主張の前示特殊事情を考慮しても本件法規違反が本件選挙の結果に異動を及ぼす虞がある場合に該当するとは云えない。

四、以上の次第で、前示違法は本件補充選挙人名簿によつて執行された本件選挙の結果に異動を及ぼす虞があるものとは認められないから、これと異なる見解のもとに本件選挙を無効とした原裁決は失当で取消を免れない。

五、よつて原告等の本訴請求を理由あるものとして認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十三条第九十四条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小山市次 広瀬友信 高沢新七)

別表(一)

名簿の種類

登録者数

投票者数

昭和三四年九月一五日現在調製の基本選挙人名簿

一一、六二六人

一〇、四七〇人

昭和三五年二月一五日現在調製の本件補充選挙人名簿

四〇〇人

三四〇人

一二、〇二六人

一〇、八一〇人

別表(二)

当落の別

候補者氏名

得票数

当落の別

候補者氏名

得票数

当選

桜井貴久治

五五二

当選

道下豊一

四二七

立崎留男

五〇八

浜口敏雄

四二五

下平平次郎

四七二

府玻吉治

四一五

真脇正八

四六六

壁又吉

四一四

青木仁義

四六〇

吉岡直吉

四一三

角平八

四五二

梅木重次

四一一

布浦清太郎

四四六

中善太郎

三九七

寺下佐一

四三九

高田勇

三六八

当選

川端三郎兵

三五三

当選

川畠源一

三一五

坂上信行

三四六

長尾民之介

三一一

山本豊雄

三三六

落選

橋本忠作

二九五

紙谷弘毅

三二一

木村甚蔵

二九三

吉尾藤松

三一七

宮下泉

二八五

田上多作

三一六

国分誠治

二〇一

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